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子どもに伝え続けたいメッセージ
すっかり秋になったなぁと思えば、もう冬!?と思うくらい冷え込みますね…。 秋は過ごしやすくて好きなのですが、毎年秋が短く感じ、少し残念な気持ちになります。 秋といえば先日、子どもたちの運動会がありました。子どもたちの通う保育園では、赤チームと白チームに分かれて勝敗を競います。年長の息子は赤チームでした。競技の数は、年少では二つ、年中では三つ、年長になり五つに増えました。 五つの競技をどれも一生懸命頑張っており、特に組体操では大きな掛け声、一つ一つの技をカッコよくきめ、クラスのみんなと合わせて最後まで取り組めた姿に感動しました。ですが、最終的に赤チームが負けてしまい、とっても負けず嫌いな息子は号泣してしまいました。 母からすると、勝ち負けではなく最後までよく頑張れたことが何より素敵だと思いますし、その気持ちを何度も息子に伝えましたが浮かない顔をしている息子。息子は本当に勝ちたかったんだなぁと思いました。家に帰ってからも、「雨が降って運動会がなくなればよかったのに」と言うなど、気持ちが晴れない様子でした。 翌日、息子は朝食後から張り切って運動会ごっこ


フルマラソンに挑戦中!~走るために早起きする父と、それを許してくれる家族の話~
こんにちは、KUBOです。 今回は、僕の趣味について少しお話ししようと思います。 僕の趣味は、ランニングです。 もともと走ることが好きで、子どもが生まれる前は、一度に15kmくらい走ることも珍しくありませんでした。 しかし、育児が始まると生活は一変。 自分の好きなタイミングで走るなんてことは、なかなかできなくなりました。 そもそも、なぜそんなに走りたいのか。 僕がランニングをする一番の理由は、走っている間、心を「無」にできることです。 一定のリズムで呼吸をして、心拍数がいい感じに上がり、全身の血液が勢いよく循環しているような感覚。そして、これでもかというくらい汗をかく。 そうしているうちに、体の中や心の中にたまった不純物が、汗と一緒に流れ出ていくような気がするのです。 もちろん、実際に不純物が汗から流れ出ているのかは知りません(笑)。 でも、とにかく気持ちがいい。 1〜2時間ほど走り終えると、達成感とともに頭の中がスッキリして、なんとも言えない多幸感に包まれます。 長時間の運動は、ストレスホルモンの分泌が増えることもあると聞きます。...


ファミリーホーム始めます
私事で恐縮ですが、このたび市外でファミリーホームを開所する運びとなり、その開設準備等のため、ほだかの里を退職させていただくこととなりました。 振り返れば、この13年間、里親支援者として至らない私をいつも温かく受け入れ、包み込んでくださったのは名古屋の里親の皆さんでした。人生をかけて子どもたちと向き合う姿から本当に多くのことを学び、支えていただいた日々は、私にとってかけがえのないものとなっています。 新しいホームとなる場所は、古民家をリフォームした物件で、のどかな田んぼと河川に囲まれた場所にあります。敷地には広い芝生や野菜畑、ぶどう棚や晩白柚(みかん)の木があり、開所後は鶏の平飼いをして、子どもたちと一緒にたまごの収穫等も楽しめたらと思っています。 私自身、新たな場所で里親として再スタートとなりますが、子どもたちにとって安心できる温かな家であることはもちろん、近隣の方々や日々子育てに奮闘されている里親の皆さんが、ふらっと立ち寄ってほっとひと息つけるような、そんな居場所に育てていきたいと思っています。 本来であれば、直接お会いしてお一人おひとりにこれ


『居心地の形』
「居場所」と聞くと、皆さんはどんな場所を思い浮かべますか? 自宅、自分の部屋、職場や学校、よく行くお店やカフェなど、人によって思い浮かべる場所はさまざまだと思います。 私は一人で過ごす時間が好きです。 家でのんびりしたり、好きなことをして過ごしたり。一人だからこそ気楽に過ごせる時間もあります。 でも、ずっと一人でいたいかというと、そういうわけでもありません。 私は友人たちと過ごす時間も大好きです。他愛のない会話をしたり、映画を観たり、推しについての話をしたりすると、みんな話が止まりません。 それぞれのコミュニティがあり、いろいろな友人たちがいます。 もちろん、マンガが大好きな友人もたくさんいます。 マンガ好きが集まると、好きな作品についてずっと盛り上がっているのかと思いきや、意外とそうでもありません。 それぞれがマンガを読み始めると、みんな本に集中。 気がつけば、同じ場所に何人もいるのに、しばらく会話がない……なんてことが多いです。 でも、その時間が不思議と落ち着きます。 無理に話さなくてもいい。 それぞれ好きなことをしているけれど、ふと顔を上げ


1人暮らしをして感じたこと
1人暮らしを始めて2年が経ちました。 私は実家にいる時、家事のほとんどを親にお願いしていました。 なので、自分1人で家事をすることで、今まで気づけなかった親へのありがたみを感じる機会が増えました。 例えば、普段はあまり気にしないような部分の掃除です。 最近洗濯物にほこりがつくなと思い、理由が分からずネットで検索してみました。 そこで、お恥ずかしながら初めて洗濯機の糸くずフィルターなるものの存在を知りました。 そしていざ糸くずフィルターを取ってみると、1年分の汚れが溜まっていました…。 こんなところも掃除をするなんて知らなかったという驚きと、今まで親がこうしたところまで綺麗にしてくれていたのだなということに気づきました。 そしてもう一つ1人暮らしをして驚いたことが食材の高さです。 食材を買いに行き、フルーツの値段の高さにびっくり。 なかなか手を出せず、旬の果物を横目に買うのを我慢する日々でした。 それと同時に、ふと実家にいた頃のことを思い出しました。 我が家では、毎朝ご飯とヨーグルトを食べていました。 しかし、私は幼少期からヨーグルトが苦手で、ヨー


上手く言えなくていいんだよ
自分の頭の中にある想いや考えを上手に言葉にして伝える。 それは、今でもすごく難しいことです。 想いや考えは常に渋滞しているので、適切なタイミングで上手く言葉にできることはまずありません。 稀に上手く言葉が繋がることもあるけれど、完全に出たとこ勝負で肝心なところが伝わらないことも多い…。 それは、多くの子どもたちもそうなんじゃないかなと思うんです。 頭や胸の中には、たくさんの想いや感情が渦巻いているのに上手く言葉にならない。できない。 「なんで黙ってるの?」 「泣いてるだけじゃわからないでしょ!」 と言われると、さらに言葉に詰まり途方に暮れてしまう・・・ ただあの時、なぜ言葉にできなかったかを思い返すと、言葉にすると揚げ足をとられるかもしれないという過去の経験による恐れもあったように感じています。 そう考えると、何が言えるかではなく、受け取ろうとする当時の大人の姿勢にも問題があったんじゃないかなぁ…ということは、今だから言えることです。 これはあくまでも個人的な記憶ですが、そう考えると言葉にできない理由は人それぞれ色々あると思いますし、言葉にならな


『推し活』ブーム
いつ頃からか『推し活』という言葉が出始め、『推し活』を自分なりの方法で楽しんでいる人も多いのではないでしょうか。中高時代の友人たちからも、子どもが大きくなり、少し時間や経済的に余裕が出てくると『推し』をつくって活動しているという話を良く聞きます。 今現在、特に『推し』のいない私は、子どもたちの『推し活』に参戦?といえば聞こえは良いのですが…兼スポンサーとして一緒に楽しませてもらっています。 私が子どもの頃は、親世代とは文化の違いが大きくアニメや漫画、ゲーム、音楽を一緒に楽しむということはほとんどありませんでした。その点、今は親子で一緒に楽しむことが出来る分野も増え、有難い時代です。 毎回、あと何回一緒に行けるかな?とカウントしながら、先日も中学生の娘が好きなアニメのフィルムコンサートを目当てに横浜みなとみらいへ2人で行ってきました。昼間は娘に付き合いオーケストラの演奏を、夜は食事と夜景を楽しみ、翌日は美術館へ。忙しい日常を忘れて一緒に過ごす時間はとても貴重で大切な思い出の時間となりました。とはいえ、日常に戻った途端にケンカしていますが。..


困った行動の裏側② 本当の相手に出会うこと
前回のブログでは、投影同一化という言葉を使って、困った行動の背景を想像してみました(投影同一化については前回のブログ『困った行動の裏側①相手に映し出された心』をご参照ください)。今回はその続きで、投影同一化が起きている関係ではどのように関わるのが良いか、という内容になります。 自分の気持ちを自分のものとして感じられるようになれば、投影同一化の必要がなくなるはずです。ですが「これはあなたの気持ちですよ」と言ったところで、相手はより行動が激しくなるか、それとは反対に引きこもったり、気持ちを麻痺させるための別の行動をとらざるを得なくなったりします。 ポイントは、苦痛だからこそ映し出していて、映し出した気持ちを“相手だと錯覚している”(自分が投影した気持ちに相手を同一化して見ている)ということです。なので、映し出された側が同一化せずにいることが大切です。 【心地良い感覚を増やす】 心地良さを感じることは生活の中にたくさんあります。例えば、温かい布団で眠ること。清潔な服を着られること。朝起きたら笑顔で「おはよう」と言ってもらえること。帰ってき


困った行動の裏側 ①相手に映し出された心
困った行動の裏側で起きている心の動きについて、心理学の投影同一化という言葉を使って解説してみました


エアコンの購入を通して
先日、エアコンを新調しました。 我が家のエアコンは購入して17年くらいたっており、そろそろ変えなきゃと思いながら壊れていないことをいいことに先延ばしにしてきました。 今もまだ壊れてはいなかったのですが、来年からエアコンの省エネ基準が変わって値段が上がるという情報を得たこと、人件費の高騰などで物価自体が右肩上がりであることを考えて、早めに変えようということになりました。 電気屋さんで価格と相談しながら選び、「やれやれ、これで今年の夏を快適に迎えられる」と一安心したところ、しばらくたってまた電気屋さんから電話がかかってきました。 「後藤さん、エアコンのホースカバーが品薄で色がないんです」 ・・・え?どういうこと? 詳しく聞くと、中央情勢の影響で資材自体が品薄とのこと。今のホースカバーは外壁の色に合わせてアイボリーにしていたのですが、濃い茶色しか準備できないという話でした。 仕方がない。人目につく場所でもないので、妥協することにしました。 日ごろ、食料品の値上げを苦々しく思っていても「しかたない」で思考停止していましたが、今回の件で、世界情勢が生活に無


いつまで抱っこするか問題について
私がほだかの里で働き始めて、1年が過ぎました。 今回は、前職である乳児院ほだかで働いていた頃の出来事をお話ししたいと思います。 現在、私は一人の娘の子育てをしています。 ほだかで子どもたちと関わっていたある日、一緒に勤務していたパートさんとこんな会話をしました。 「最近、娘が大きくなってきて、もう20キロ近くあるんです。それでも“抱っこして”って言うんですよ。気持ちはわかるんですけど、重くて大変で…」 するとパートさんは、こう返してくれました。 「そうだよね。うちは小学校4年生になっても、まだ抱っこしてるよ。抱っこなんて、いつまでできるかわからないからね。“もういい”“恥ずかしい”って言われる日が、いつ来るかわからないでしょ」 何気ない会話でしたが、この言葉はずっと私の心に残っています。 その後、里親支援センターで働くようになり、自分の子育てを振り返る機会が増えました。「あのとき、もっとこうしていればよかったな」と思うこともあります。 この時の会話をきっかけに、娘と関わるときに「いつまで一緒にいれるか、あと何回抱っこできるか」を考えるようになりま


はじめまして
『・・・・・・・・・・』 (暗)(怒)(静) 新しいスタートを切った子どもが、帰宅したときの表情だった。 私は不安になり、 「今日、疲れた?」 「何かあった?」 「大丈夫?」 そっと添えた手を、乱暴に振り払われる。 『・・・・・』 「ねぇ、聞いてる?」 「いいわ、もう。」 20分ほど、互いに無言の時間が流れたあと、 子どもは無言で私にぎゅっとしがみついてきた。 「ごめんね。また強く言っちゃったね。ごめんね。」 私の不安の方が勝ってしまい、 わかっていながらも質問攻めにしてしまった。 子どもは「上級生に意地悪をされた」と話し始める。 話を聞いてみると、 触ってはいけないものに触ろうとして、 上級生がそれを教えてくれたことを、意地悪と受け取っていたようだった。 翌朝、子どもは元気に「いってきます!!」と出発。 意地悪されたと思ったこと、 慣れない環境でのストレス、 新しい人たちとの関わりなど、 きっといろいろあるのだろうに。 もっと受け止めてあげられたらよかった。 元気に出発していった子どもの笑顔が、 かえって私の申し訳なさを募らせた。 私は出勤し、


子どものペースを大切にしたいと思った話
4月もあっという間に半ばですね…。お子さんが入園・入学・進級・就職された方はおめでとうございます。我が家は息子が年長、娘が年少になりました。 今回は息子のトイレットトレーニングを通して、子どものペースを大切にしたいと思ったことを書こうと思います。 トイトレを意識し始めたのは確か、2歳半頃だったと思います。その頃はまだ保育園に通っていなかったので、家での生活がメインでした。親戚に譲ってもらったアンパンマンの補助便座に座らせることから始めました。まずは座れるだけでOKと思い、最初はノリノリで座っていた息子。いいスタート!と思う私でしたが、息子のノリノリ気分は続かず…。頑張り表作戦を導入することにしました。息子の好きな車のシールを買ってきて、毎回息子にリクエストを聞き、頑張り表にイラストを描きました。トイレに座れたら丸いシール、成功したらキラキラシールにするなど工夫してみましたが成果は出ず、ただシールを貼っているだけのような感じになってしまいました。成功したらお菓子作戦もやってみましたが、やる気があるのは最初だけ。「トイレに座るだけでいいよ」と誘っても


里親家庭で実子として思ったこと
里親家庭になるきっかけは、さまざまです。我が家の場合は、母の「里親登録をしたい」という思いから始まりました。 当時の私は18歳。大学受験に失敗し、浪人生活を送っていました。そんな頃、私より一つ年下の男の子が一時保護として我が家にやってきました。 その子は非行傾向があると言われていましたが、ネグレクトや心理的虐待の中で育ってきた子でした。ただ、当時の私は正直なところ、深く関わる気にはなれず、少し距離を取っていました。 どこかトリッキーで、半グレのような雰囲気をまといながらも、人に構ってほしい様子が見えて、関わることを面倒に感じていたのを覚えています。 彼は数週間後、一時保護が解除され、家庭に戻っていきました。 その期間のある夜、リビングで何気なく話していたときのことです。彼はぽつりと、自分の虐待の経験を話してくれました。 そして最後に、こう言いました。 「ここでは安心して過ごせる。ここで過ごせたことは感謝しかない」 その言葉を聞いたとき、私は複雑な気持ちになりました。そして初めて、母がなぜ里親を始めたのか、その理由を少しだけ理解できた気がしました。


応援するという力
先日までのオリンピックを楽しんでTV観戦しました。 オリンピックでは正直言うと、競技のルールも良く分かっていない種目も多くありましたが、不思議と画面の前では「がんばれ!!」と応援に熱が入ります。 知らない選手が多くても、果敢に挑む選手を見て、思わず「よし!」や「あぁ~」と声を出していました。 試合後には、涙する選手をみて、一緒に涙し、感動も、悔しさも、TVの向こう側にいる選手と、勝手に喜びを分かち合い、悔しさや、悲しみをまるで一緒に経験しているかのようでした。 応援って不思議です。 結果を出してもらうため、と言うよりも「あなたをみているよ」「あなたの挑戦をちゃんと受け取っているよ」そんな気持ちの表れなのかもしれません。 考えてみると、子どもにとっても、里親さんにとっても、同じなのではないでしょうか。 完璧な言葉をかけられなくてもいい。 すぐに成果が見えなくてもいい。 ただ、「見ていますよ。」「応援していますよ」と伝わること。 それだけで、人は少しだけ前を向けるのかもしれません。 オリンピックを観ながら、私も応援団の一人として一緒に戦っているような


子育ての振り返り<パート3>
子育て四訓というの聞いたことがあるでしょうか?私が初めてこの言葉を知ったのは、長女が小学校中学年の頃でした。 乳児はしっかり肌を離すな 幼児は肌を離せ、手は離すな 少年は手を離せ、目を離すな 青年は目を離せ、心を離すな その言葉を知ったとき、「なるほど」と思う反面、自分の子育てを振り返ると反省もたくさんありました。(詳しく知りたい方はぜひ“子育て四訓”で調べてみてください!子育て期のヒントがたくさん♪) 乳幼児期はとにかく一緒に過ごすことを大切にしてきました。かわいくてかわいくて寝てる姿を見てたらまた授乳の時間がくるということもしばしば。まだフィルムのカメラで撮影し、現像してみると同じような写真ばかり。だから家事はいつも手抜きでした((笑) 長女は慎重で人見知り気味。小学校へ行くのを楽しみにしていたのに、いざ入学すると、朝不安で涙をこらえながら登校していました。毎朝手の甲ににこちゃんマークを描いて、寂しくなったらこれを見てねと送り出していました。帰ってくると「楽しかった」と笑うのに朝は泣く。その姿が愛おしくて守らなきゃと強く思っていました。...


肩の力を抜いてみる
4月から一人暮らしを始めました。 一人暮らしが始まる前の私は、初めての一人での生活に、ウキウキわくわくしていました。 それと同時に、「一人で頑張るぞ」と気合をいれて、いくつか目標も立てていました。 例えば、「毎日自炊をする」や「食器はご飯を食べた後にすぐ洗う」など、家事に関すること。 この時は、「自分のことは自分できちんとしなければ」と思い、今思えば高い目標を立てていました。 (数か月後に後悔しているなんて、この時は全く思いもせず……) そしていざ一人暮らしが始まりました。 始めの数か月は気合があり、目標を達成しようと頑張れていました。 しかし、さらに数か月……。 段々と目標を続けることに限界がきました。 毎日自炊をすると言ったって、どうしてもご飯を作ることが面倒に思う時もあるし。 食器洗いなんて、別に明日でもいいじゃんなんて。 けれども、この数か月間目標を守ってきた分、それを破ってしまうことに抵抗があり、自分で立てた目標で、自分を縛っていました。 ついに、ある日「もう無理!たまには休んでもいいか!」と目標を変えることにしました。 「自炊は毎日で


いっしょに「ごめんね」と言える今を大切に
里親としての生活を始めてから、まめちゃんの行動や表情に、少しずつ変化を感じるようになりました。 日々、ハプニングが増えているような感覚もあり、 今日はそんな日常のひとコマをご紹介したいと思います。 一番感じているのは〝子どもらしくなってきたなぁ〟ということです。 甘え方が強くなったり、こだわりが出てきたり、 生まれたての赤ちゃんくらいまで赤ちゃん返りも出てきているな〜 と感じる場面、行動が増えてきました。 我が家に来る前の環境も、とても温かく、のびのびとしたものでした。 ただ、他にも子どもが何人かいる中で、すべての甘えやわがままを、十分に出せていたかというと、 今のまめちゃんを見ていると、もしかしたら、出せていなかった部分もあったのかな、と感じています。 我が家での生活も10ヶ月が経ち、楽しい気持ちも、悲しさも、怒りも、 すべてを「今」の瞬間で表現してくれるようになってきたな〜、と感じています。 子どもと関わる〝仕事〟をしてきましたが、親としての〝子育て〟は、やはり全く別物だと日々実感しています。 毎日の暮らしの中で、〝これはどう受け止めたらいい


本音を話せない里親
里親制度は子どものための制度ですが、里親が一人で頑張る仕組みではありません。 里親家庭を中心にチームで子どもを育てていくという考え方で制度はつくられています。 だからこそ、困ったときや迷ったときは、いつでも相談していいし、頼っていいことが前提となっています。 でも、相談するということは簡単なことではありません。 わたしも里親として子育てしながら「言えないこと」「言えなかったこと」は沢山ありました。 それは、今でも簡単に人に話せるようなことではありません。 支援者は「気軽に相談してくださいね」と優しく声をかけてくれますが、本当に相談したいことは気軽に相談できません。相手が支援者だからこそ話しにくいこともあるのです。 しかし、今は支援者側の立場にもなり、これまでの里親支援の現場を振り返ると、「もっと早く本音を話せていたら、違ったかもしれない」そう感じる場面が本当にたくさんあります。 「子どもがかわいいと思えない」 「感情的になって思わず…」 「家族との関係に修復できないような亀裂がある」 「想定していないような事態が起こった」 それは、決して特別なこ


サナギの時期
新年あけましておめでとうございます。 今年も皆さんとお会いできるのを楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。 さて、私はほだかの里以外に自立援助ホームでも働いているのですが、このブログを書いている少し前の12月の中頃、宿直明けの帰りに、ホームの玄関先で1匹の蝶を見ました。こんな時期でも蝶がいるんだなぁと思いながら、蝶が飛ぶのを見ていました。寒空の下を風に流されまいと羽ばたいている蝶を見守りながら、ホームにいる子たちも無事に外に羽ばたいていけますように、と祈るような気持ちになりました。 かつてはアオムシの時期を過ごしたその虫は、サナギの時期を経て蝶になります。人は蝶ではないけれど、人にもアオムシの時期やサナギの時期が必要です。心理学者の河合隼雄先生は思春期をサナギに喩えていました。私も思春期の子たちと関わっているとそう思います。 「思春期」と掛けまして、「サナギの時期」と解く。その心は・・・。 これまでの経験から感じてきた「・・・」の部分を少し言葉にしてみようと思います。 食べたい、眠たい、これやりたい。そんな時期がアオムシです。この
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