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  • mune

真実告知の落とし穴



息子は3歳になる少し前に我が家に来たのですが、最初は○○ちゃんという呼び方だったのが、次第にパパママという呼び方に変わってきました。

そのように家族として過ごす時間が積み重なっていくと、実の息子のように思えてきて、次第に真実告知への抵抗感というものが生じるようになってきました。

真実告知は避けて通れないというのは頭では理解していても、抵抗感やしんどさを抱えるようになってきたのです。

周囲に対しての告知も同様で、公園デビューすればたいてい「どこで生まれた?」というような話になりますが、「実は・・・」とは言いにくく、自分の実子として振る舞いたいという気持ちがどんどん大きくなっていく様になりました。

「パパとそっくりだね」と言われることも多く、余計にそのような想いが強くなったのかもしれません。

しかし、里親として告知することの抵抗感を抱えながらも、息子には普段の会話や絵本等を通して血の繋がりがないことは繰り返し伝えていましたし、

赤ちゃん返りや生まれ直しを何度も受け止めながら、告知やそれに対する反応で悩むということはありませんでした。

結局大人になるまでの間、血の繋がりがないということを否定的に捉えたり、実親に会いたがったり、ルーツを知りたがったりということは一度もありません。

それどころか、小学生の頃になると息子は自ら進んで周囲に告知をしていくようになりました。

「僕ってママから生まれたんじゃないんだよ!!」と近所のクリーニング屋さんやお花屋さん等、馴染みの人には自ら率先して告知をしていくようになったのです。

”人と違う”という特別感がそうさせたのか、ただ大人の反応を楽しんでいたのかわかりませんが、里親として多くの人が悩む「周りに言えない」という悩みからは、息子によって開放してもらえたように思います。(別の意味で少々困りましたが・・・)

そんな我が家ではありましたが、思わぬ落とし穴がありました。

9歳下の娘(実子)に兄のことを何も話してなかったのです。

隠していたつもりもなく、歳も離れていたせいか、普通に家族として兄妹として生活してきて、「そういえば言ってない!!」という状況だったのです。

「これはまずい」と思ったのは、娘が小学校に上がってからで、どのように告知したら良いか、里親になって初めて本格的に悩むこととなりました。

里子を先に迎えて、実子への告知で悩むという話を他所で聞いたこともなく、夫婦でも意見が割れてなかなか結論が出ず、ズルズルと月日が流れていきました。

しかし、ある夕食時に”パパママどちらに似ているか”という話になり、「嘘をつく訳にはいかない」という思いから、話の流れで娘に伝えました。

"兄と血の繋がりがない"ということを聞いて、娘は静かに涙を流しました。

親の仕事柄そういうこともあり得ると娘なりに理解しようとしているようにも感じました。

「この涙は防ぐことができたのに・・・」

私の祖母が後妻であり血の繋がりがないということを物心つく前から聞かされていたように、娘にも同じように伝えるべきだったという強烈な後悔の念が押し寄せました。

自分は最善の告知を受けていた当事者であるにも関わらず、その経験を活かすことなく娘を泣かせてしまったのです。

息子のときは、抵抗感を感じながらも日常会話の中で意識的に伝えることができたにも関わらず、娘に対しては告知を避けていたんだとその時自覚しました。

隠していたつもりはなかったけれど、意識的に伝えようという覚悟・姿勢がないことには、伝わらないし伝えられないんだとわかりました。

結局、自分は告知に向き合うことができていなかったのです。



しかし、その後の娘は、突然の告知を引き摺ることなく現在に至っています。

昔のビデオを見返せば、いつもおどけて笑わせてくれる兄がいたり、キッチンのグーグルさん(フォトフレーム)から日々流れてくる写真には、妹として可愛がってくれた姿が沢山映し出されています。

こちらが何を言わずとも、そこに映し出された息子の姿が「血の繋がりは関係ないんだよ」と毎日毎日娘に伝えてくれています。

最後は、息子自身が最高の告知をしてくれました。

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