top of page
  • miyamoto

年少の日の思い出


 私が4歳の頃。幼稚園の年少の頃のことです。その日はなぜか年長の人達と交流がありました。ちょうど帰りの会?の時だったかと思います。目の前に座っていた人のカバンにポケモンのキーホルダーがついていました。当時はポケモンがアニメで放送されたばかりで、幼稚園の中でもつけている人が多い人気のキーホルダーでした。そのキーホルダーはポケモンについている金具の部分がネジになっており、ポケモンをクルクルと回すと、ポケモンがキーホルダーから外れるようになっていました。私はそのキーホルダーを持っていなかったので、(いいなあ)と思いながら見ていました。すると、私の隣にいた年長の人が「これ、取れるんだよ」とそのカバンのキーホルダーからポケモンを盗り、ポケットにしまっていました。周囲に気付かれないようにこっそりと盗んだ後に、少し興奮した様子でニヤッと笑うその人を見て、私はそれを真似してみたくなりました。


 その時はあまり罪の意識がなかったと思います。誰にも気づかれないようにこっそり盗るというその行為を楽しんでいました。家に帰ってから盗ってきたポケモンで遊んでいた時に、「買うてもろたんか?」と祖父に聞かれても「盗って(取って)きた」と素直に答えていたような記憶もあります。そうして、日に日にポケモンの数が増えていきました。


 しばらくして、私が盗みをしていたことを親が知り、父から話をされました。大事な話がある、と1対1で話をした記憶があります。普段の父は声が大きく、兄や私がいけないことをしたときにはよく怒鳴ったりする人だったのですが、その時は怒鳴られませんでした。ただ静かに、諭すような口調だったのを覚えています。「お前が盗ったのは、盗られた子たちの親が一生懸命に働いて稼いだお金で買ったものだ。欲しいと思っても盗ってはいけない。人の物を盗るのは泥棒だ。欲しいのならお父さんかお母さんに言いなさい。お前には泥棒になってほしくない。だから持ち主のところへ返してきなさい」と、そのようなことを言われました。父にそう言われてボロボロと涙がこぼれ、その時になってようやく私は悪いことをしたのだと分かりました。


 次の日、盗んだポケモンを、母が用意してくれた袋に容れて幼稚園に行きました。私は誰から盗ったのか覚えていませんでしたから、どうやって返したらよいのか分からず、心の中で(どうしよう、どうしよう)と焦っていました。その袋がいつ爆発するか分からない爆弾のように感じました。持っているのが怖かったので「それどうしたの?」と聞いてきた同じクラスの人にその袋ごと盗ったポケモンも全部あげようとしましたが、担任の先生が制止して、その袋を預かってくれました。その後、その袋の中身がどうなったのかは分かりませんが、先生方が持ち主のところへ返してくれたのだと思います。


 それからしばらくは盗むことがなかったのですが、ある日、カバンが放置されて周りに誰もいない状況に出くわした時に再びポケモンを盗ってしまいました。ラプラスというポケモンだったのを覚えています。その時は自分でもよく分からない衝動に駆られて動いていました。自分じゃない“何か”に動かされているような感覚でした。盗った後にそのポケモンで遊んでいましたが、少ししてから私は、とんでもないことをしてしまった、という気持ちでいっぱいになりました。戻しに行こうと思ったのですが、持ち主はもう帰ってしまったようで、カバンはなくなっていました。取り返しのつかないことをしてしまったと思いました。そんなことをしでかした自分のことが怖くなりました。そして、そのポケモンを見ていることが苦痛になって砂をかぶせました。全部無かったことにしたかったのですが、砂の山に埋めたところで、そのポケモンを盗ってしまった事実は変わらず、砂の山を見つめながら(どうしよう、どうしよう)と胸の内がざわざわしました。


 そうこうしていると母が迎えに来てしまいました。怒られると思いました。ポケモンは砂に埋めたままだったので、砂遊びをしていたことにして、黙ってやり過ごそうとしました。しかし、母の顔を見て「盗っちゃった」と告白しました。怒られるのは怖かったのですが、黙っている方が苦痛で耐えられなかったのだと思います。ところが、母は怒ることなく、先生のところに一緒に行こうと私に促しました。先生に話すのはとても怖かったのですが、母がついてきてくれたおかげで、盗んでしまったことを伝えることができました。その先生は驚いた顔をしたので、私は怒られると思ったのですが、でも先生は話を最後まで聞くと私を叱ることなく「ちゃんと話してくれてありがとう」と言ってくれました。その日は母と手を繋ぎながら帰りました。その先生のことを振り返って見て、それから母の顔を見ました。誰も怒っていませんでした。不思議な感覚でした。


 数日後、母にポケモンのキーホルダーを買ってもらいました。ニドリーナという、私がそれほど好きではないポケモンでしたが、そのポケモンのしっぽに母が私の名前を書いてくれたので、大切にしようと思いました。それからはポケモンを盗ることはありませんでした。


 当時はまったく考えが及んでいませんでしたが、ポケモンを盗られた人の保護者から幼稚園に連絡が来ていたのではないかと思います。我が子の物が無くなって心配しない親は少ないはずです。私は加害者なので責められてもおかしくなかったと思います。しかし、まったく責められることがありませんでした。私は両親に、幼稚園の先生に、私を取り巻く環境に守られていました。守られているという自覚もなく、ただ守られていたのだと思います。時折、もしあの時周りから責められていたら私はどうなっていたのだろう、と考えることがあります。もしあの時責められていたら、幼稚園に登園できなくなって、そのことで周囲の人を困らせていたかもしれません。周りから責められることと自分自身を責める気持ちに耐え切れず、周囲に責任転嫁していたかもしれません。大袈裟かもしれませんが、私とよく分からない“何か”とが入れ替わって、別の人間になっていたかもしれません。


 20歳を越えてから、母に当時のことを恐る恐る聞いてみたことがあります。母は全く覚えていなかったようで「え?そんなことあったっけ?」とあっけらかんとしていました。キーホルダーを盗んだことは、私の心の中でひっかかっていた出来事だったのですが、何事もなかったようにテレビを観て笑っている母を見て、少し呆れたのと同時に、少しだけ救われたような感じがしました。

bottom of page