居場所


高校卒業後、私はアメリカの女子大学に進学しました。初めての海外生活に寮生活、今思えばよくそんな選択をしたな、私の両親もよく行かせてくれたな・・・と思います。今の私があの時の自分と同じ道を選ぶかと問われると、かなり考えて、もしかしたらNOというかもしれません。それくらい無謀な挑戦で、「留学」という華やかな響きとは程遠い、本当につらい苦しい日々でした(2年間くらい続きました)。


今とは違って、アメリカでもまだインターネットが普及していない、携帯電話もない、アナログな時代です。英語漬けの生活にストレスは溜まるばかり、友達がほしくても会話ができない、周りにたくさん人がいるのに、生まれて初めて『孤独』でした。そんな中、キリスト教系の大学だったこともあり、教会関係で、留学生を週末自宅に受け入れる“週末里親”的なボランティアさんとの出会いがありました。


私が“マッチング”で出会ったボランティアさんは、単身のPattyというおばあちゃんです。大学から100キロ近く離れた田舎の小さな町に住んでいたおばあちゃんは、金曜日の夕方迎えに来てくれて、日曜日の夕方にまた大学まで送ってくれました。元々良家の出身だろうなと感じられるおばあちゃんは、大きな2階建てのお家に一人(とゴールデンレトリバー)で住んでいて、隣の家に娘さんのご家族が住んでいました。私はPattyおばあちゃんの家に行くといつも決まったゲストルーム(トイレ、シャワー付)を用意してもらっていました。おばあちゃんの手作りのご飯を二人で食べたり、時には娘さん家族と一緒にアメフトの試合を観に行ったり、おばあちゃんの趣味のドールハウスづくりを手伝ったり、遊びに出かけることも多かったですが、私が現実逃避をするように時間を構わず寝ている時には一緒に遊びたがる孫たちを制してくれ、何も言わずにただただ私がそこで過ごすことを見守ってくれていました。不安で寂しい毎日の中、おばあちゃんの家は他の何にも代えがたい温かくて大切な居場所でした。


今でも、おばあちゃんの家のベッドにかかっていたキルトの布や、リビングに飾ってあったおばあちゃんが子どもだったころの油絵の肖像画、ダイニングルームのフカフカの薄いピンクの絨毯など、優しくて凛としたおばあちゃんと共に鮮明に憶えています。おばあちゃんと出会えた事や、おばあちゃんの家で過ごした時間は、今私が社会的養育の仕事に携わっていることに繋がっているなと感じます。あの“居場所”があったから、今私はここにいるんだな、と。