思いを伝えるということ
- kamiya
- 3月15日
- 読了時間: 3分
更新日:3月17日

何気なく受けたがん検診で、腫瘍マーカーの数値が異常値を示し、自宅近くの公立病院で精密検査を受けるよう紹介状を受け取る。
持病や生活習慣病もなく、毎年の健診でも異常を指摘されることはほぼなかった。そして、毎週のように山に登り、健康的な生活を送っていたはずなのに何故?と素直に現実を受け入れることができなかった。
紹介状を持って不安な気持ちで病院を受診する。診察を担当してくれた医師はとても若く、がんの可能性があるため生体検査を勧め、その後の治療などについて丁寧に説明してくれた。ただ、頭の中では今後どうなってしまうのかという不安だけがますます膨らんでいった。家に帰ってネットで調べてみても、かえって不安は増すばかりだった。
それから、MRI検査、生体検査でがんが確定し、一縷の望みはもろくも崩れた。そして、次はどんな治療になるのかという不安が襲ってきた。
がん治療について、医師からは外科手術の提案があり、自分自身も素直にその提案を受け入れた。その頃には諦めに近いような、腹をくくっていた。
しかし、その後の検査で骨転移の疑いがあるという思わぬ結果が出て、再び不安な時を過ごすようになる。転移があると外科手術で根治を目指すことができず、薬物治療に進むことになるという説明だった。
再びMRI検査で詳しく調べて転移がないことが判明、やっと治療方針が決まり、外科手術が決まった。手術という治療に向かうまでに、何種類もの検査を受け、その都度不安にさいなまれ、不安な日々を送ってきたが、もう少しでそんな不安から解放されると思い、かえってスッキリした気持ちになることが自分でもおかしく、変な気持ちだった。
紹介状を受け取ってから4か月が過ぎた頃、やっと入院となる。翌日の手術を控えて、腹をくくったつもりでも不安はくすぶり続けていた。
数時間の手術は、全身麻酔のため全く記憶はなく、病室に戻ってから腹部の痛みで手術が終わったことを理解した。翌日には歩くこと、食べることもでき、日に日に身体は回復していった。そして、気持ちも落ち着いていった。
思ってもみなかったガンが見つかり、いくつかの検査を経て、結果的に摘出手術を受けることになった現実をやっと受け入れることができるようになった。
本格的な入院は33年ぶりのことで戸惑うことも多かったが、入院病棟の明るく、清潔できれいな環境や主治医、看護師など医療スタッフの親切、丁寧な対応に助けられて、無事に8日間の入院生活を終えることができた。33年前の記憶にある、少し暗くて閉鎖的な環境や医療スタッフの業務的な対応に比べて、格段に進化していると好意的に感じることができた。
今回の入院生活の中で、若い主治医や看護師など医療スタッフの親切で丁寧な対応やその表情、しぐさから、患者への思いが伝わってきて、辛く苦しい入院生活がずいぶん和らいだものになったようにも感じた。
入院後の自宅療養を経て、2週間ぶりに無事職場復帰する。職場に向かう電車の中で、入院生活の中で感じた医療スタッフの思いについて考えていた。
そして、同時に自分自身は里親さんや里子さんに寄り添えているのかと振り返ってみた。
里親支援センターのスタッフとして、的確な助言や対応などスキルは必要だし、里親子を迎え入れる環境の整備も重要だが、一番大事な里親子への思いが言葉だけではなく、表情やしぐさなどからちゃんと伝わっているのだろうか、里親子に寄り添えているのか、里親子が寄り添ってもらえていると感じているのだろうかと、そんなことを改めて考え直していた。
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