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  • mune

心から耳を傾けるということ


私の息子は、3歳になる少し前から我が家で生活し始めたのですが、保育園に行くようになり、他の子とは違う落ち着きのない様子などから、妻は少しずつ違和感を感じるようになっていました。


あまり具体的なことは言わず、時折「なんかおかしい…」というわけです。


私は、妻にはできるだけ心配させたくないという想いから「男の子なんてそんなもんだよ」と言い続けました。


もちろん、妻に心配させたくないという気持ちもあったのですが、乳児期から大舎の施設を転々として育ってきた息子特有の課題については認識していたつもりだったので、

基本的に「色々あって当たり前」と思っていましたし、どんなことも個性として捉えて前向きに受け止めていくしかないと思っていたのです。


また私自身が、子どもの個性的な気質や特性があまり気にならない性分であるということもあって、息子に対しても扱いにくさや困難感を感じることはありませんでしたし、

“父親にさせてもらえたこと”や“かわいいっ”と思えることを、ただただ幸せに感じていました。


ただ、どうしても妻のほうが息子といる時間も多く、様々な関わりを通して息子を見ている中で「なんかおかしい…」と言っているわけで、本当はしっかり耳を傾けるべきでした。


もっと気持ちに寄り添うべきでした。


「色々あって当たり前」と妻の言葉に対して、心から聞く耳になっておらず、苦しい思いをさせていたということは、後になって気付いたことです。



結局、小学校にあがったのち発達障害の診断を受けて、数年に渡って服薬と通院を続けることになりました。


私は、子どもに関わる仕事に従事していたにも関わらず、自分の子どもに対して、すぐに適切な見極めや対応ができなかったのです。

(※かれこれ20年ほど前のことで、発達障害というワードが今ほど一般的なものではありませんでした。あくまでも言い訳です。)


私としては、妻に心配させたくないという思いや自分自身に困難感がなかったことから「男の子なんてそんなもんだよ」と言い続けたわけですが、結果的に妻の気持ちに寄り添うことができていなかったわけです。


子どもの見極め云々より、そこが一番の過ちだったと思っています。


こちらからの一方的な思いやりや配慮なんかより、寄り添って“心から耳を傾けること”が、家族として一緒に生活していく上で、何より大切なことだということを身をもって感じた出来事となりました。




ちなみに当時、息子の保育園の担任だった方とは、今同じ職場で働いています。


これは、本当にすごい偶然です。


いやいや…、あの時は大変“お世話”になりました。



あんなに落ち着きなく手を焼かせた息子も今では結婚して、とても幸せそうに生きています。


夫婦喧嘩は一度もしたことがないそうです。


仕事も楽しいようで、責任ある立場を得て、私の収入を凌ぐ勢いでバリバリ働いております。



今、私が心から耳を傾けなければならないのは、息子の言葉なのかもしれません。



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