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  • mune

マスクを外して守るもの


世間では、マスクを外す方も増えてきましたが、私が当時在籍していた乳児院では、コロナ感染の収束の見通しが立たない状況下においても、いち早く脱マスクを掲げて子どもに接していました。


もちろん脱マスクを強要するようなものではなく、十分な感染対策を行った上での「外してもいいですよ」というスタンスです。当然、マスクをする職員もいれば、外す職員もいました。


この決断は、責任者としては、非常に勇気のいるものだったと思いますし、批判も覚悟の上での決断だったと思いますが、どこまでも子どもの育ちを最優先に考えた上でのものでした。


感染対策を行い、且つ、子どもの健全な育ちが犠牲になってしまうようなことがないよう、悩み考え抜いた上での決断であったと思いますし、私は英断であったと思っています。



乳児院の子どもたちにとって施設は家庭であり、特に乳児にとっては世界の全てです。

そんな乳児院で大人が24時間常時マスクをし続けることでどのような影響を及ぼすのか、子どもの育ちに携わるものであれば容易に想像できることです。


実際には、家に帰れば多くの人がマスクを外していたと思いますが、施設にいる子どもたちは、マスクを外した大人の顔を見る機会は非常に少なかったんじゃないかと思います。


しかし、この乳児院の子どもたちは、施設で生活しながらも大人の素顔や笑顔を沢山見て育った子どもたちだと思いますし、その沢山の笑顔は、子どもたちの育ちにしっかり刻み込まれているんだと思います。



どんな決断にも責任が伴います。


子どもの育ちに明確な点数は付きませんし、どういった判断がどのような影響を及ぼすのか、誰も正確に推し量ることはできません。


それでも私たちは、子どもの健全な育ちとは何かを問い続け、一人ひとりの子どもの置かれている状況から目を背けず、その責任を果たしていかなければならないんだと思っています。



マスクは、着けることで守れるものがあり、外すことで守れるものがあるのです。


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