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  • kitane

ちっぽけな私



「それまでの自分の価値観がガラガラと音を立てて崩れ落ちた」経験をしたことがあります。19歳の夏、カナダでナイアガラの滝を見た時でした。

アメリカでの大学生活一年目を終えて、9月の新学期が始まる前、高校時代の友人と一緒に旅行をしました。飛行機の乗り継ぎが良かったのと、カナダにも行ってみたい、という理由だけで、観光名所であるナイアガラを選びました。滝、と言われると、私の中では高い山の上から滝壺に落ちる細長い滝のイメージでした。ところが!カナダ側のビューポイントに立ち、滝を目の前にした時、それまで経験したことのない類の衝撃が体の中を走った感覚がありました。私の価値観が大きく変化した瞬間です。


以前のブログにも書きましたが、英語をまともに話すことのできなかった私にとって、アメリカでの大学生活はとてもしんどいものでした。特に一年目は、授業についていけない、友達同士の会話に入れない(そもそも話の内容がよくわからない)、車も運転免許証もなく自由に行動できない・・・・と、毎日暗い気持ちで過ごしていたので、一年目が終わる頃には、アメリカという国やアメリカ人を嫌いになりかけていました。そうでもしないと、自分自身を保てなかったのですね・・。


そんな時に訪れたナイアガラフォールズ。目の前に現れた巨大な滝は、圧倒的でした。私の心の中の鬱々とした思いがはじけ飛ぶようでした。『人間(私)なんて、こんなにもちっぽけ。その私の悩みなんて、本当に、本当に小さなこと』と全身で実感したのです。畏怖の念、に近いものかもしれません。


アメリカや人を嫌いになってしまう前に、この大自然に出会うことができて良かった。二年目の大学生活も相変わらずしんどいものでしたが、ほんの少しだけ気持ちに余裕ができていました。学生が集まる場に出かけていったり、カフェテリアで人に話しかけてみたり、と、それまで避けていたことに、ちょっとずつチャレンジできるようになったのです。周りの環境は何も変わっていないけれど、私の見方が変わったことで、色んなことが少しずつ良い方向に動き始めた・・・ような気がします。


この数年後、どういう巡り合わせか、私は引っ越しをしてナイアガラフォールズのすぐ近くに住むことになりました。日本から来客がある度に滝を案内したので、だんだんと最初のような感動は薄れていきましたが、それでも、いつになっても遠くから滝の轟音が聞こえてくるとふっと背筋が伸びました。最後にナイアガラを見たのはもう20年前になりますが、いつかまた訪れたいなぁと思っています。

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